不登校

不登校時代を振り返って

更新日:

Chikakoです。

 

今回は、私がそれぞれの時期にどんなことを思い感じていたのかをお伝えします。

 

1、2年生の頃


子どもが低学年の頃は、とにかく自信がなさそうに見えました。積極的に外に連れ出し「不登校でも楽しめること」をしたくて、昼間の公園で一緒にテニスをしたり外食にも連れて行きました。

不登校だからこそ得られる価値観の話、例えば「型にはまらない自由な発想ができる」とか「好きなことを飽きるまでできる」などを、かみ砕いて説明して良いイメージを持ってもらおうとしました。でもどうしても「みんなと違うことをしてる自分」がイヤだったようで、なかなか自分を肯定的に見れなかったようです。

この頃はとにかく、「あなたは悪くない」とか「学校へ行っていないことは悪いことじゃない」ということを伝えていました。子どもの自尊心を守りたかったことと、自信を失ってほしくなかったからですが、外からの働きかけだけでは難しかったように思います。

 

 

3,4年生の頃


この頃が子どもにとっては黄金期だったかもしれません。スポーツクラブでの友人関係を通して自信がついてきたころ、クラブ内の他の小学校の友人たちに「自分が不登校であること」を自ら話していました。しかも友人たちは素直に羨ましがってくれたため、子どもはようやく「学校に行ってない自分」を受け入れることができたのかもしれません。

合宿に参加したり、試合で良い成績を残したりキャプテンになったり、週末には学年も学校も違う様々な友人たちが家に遊びに来ていました。

ただこれは、この頃の学校の担任の影響もあったと思います。とても素晴らしい先生で、子どもを認め一緒に遊び、友人たちとの橋渡しも無理なく行うことのできる先生でした。きっと様々なことが積み重なって、子どもの自信に繋がったのだと思います。

この頃の私は、時々小言のようなことも口にしていました。体格がヒョロヒョロしていたのと、他の子どもたちのような徒歩通学もせず、移動教室などで何度も階段の上り下りをすることもなかったので、もう少し体力や筋力をつけるための生活をしてほしいと思っていたからです。

けれども当然1人で散歩なんてできるはずもなく、私がもう少し付き合ったり何か対処を考えたりすれば良かったと思うこともありました。不登校の子どもの運動不足は割と課題になるところだと思います。

 

 

5,6年生の頃


やはりというか案の定というか、高学年になると体力の差が目立つように見えてきました。スポーツクラブのコーチに運動不足の不安を訴えてみても、同意してくれた訳ではないので、実は私の思い込みだったのかもしれません。ですが突然の膝のケガで何週間も休むことになり、そのケガの説明を受けた時も筋肉のバランスが悪いことは分かりました。結果的にキャプテンも他の人になってしまったので、子どもの自信も失われていきました。

学校でも新しい担任とは全く合わず、本当に前の年とは比べ物にならないくらい登校できなくなってしまいました。もともとそれほど学校に期待していた訳ではありませんが、それでもなぜこの担任だったのか?と疑問を持たざるを得ない出来事でした。

それでも進学を見据える秋になると、卒業関連の写真撮影や作品作りなどのために登校しましたし、進学予定の中学への見学もクラスの一員として参加しました。ただ6年生になってすぐの頃には少々神経質になっていて、久しぶりに私が追い詰めてしまい、また頭をガンガンと壁にぶつける行為をしてしまいました。

結局進学先は学区内の中学を選ばず、少し離れた小規模の学校に進学することに本人が決めました。

 

 

ちょっとだけ反省


あまり「反省」することは好きではないのですが…。

子どもが不登校になってから、ひたすら子どもの自尊心を守ろうとしていたのに、何年も経つうちに結局私自身が焦って、子どもを傷つけてしまったことも何度かありました。子どもの意に沿わない習い事をさせてみたり、「どうせ周りと同じ人生を歩むことはない」と将来を海外に求めてみたり。本人は言えずにいたけれども、本心では「行きたくない」と思っていたことが分かったのはずいぶん後になってからでした。

不登校は悪いことではないのだから、どうせなら人と違う人生を送ってもらいたい!

そんな風に思ってしまったのは、きっと親のエゴなんだとやっと理解できるようになりました。小学校を卒業する頃には、私はようやく期待も焦りも手放し、進学先を本当に全くなんの期待もないままに本人に選択させることができました。

6年間を振り返ってみると、学校とスポーツクラブでの活躍が連動していたことが分かりました。適応指導教室へも通い続けていましたが、「学校に通っている」という事実は、思った以上に子どもの自信に繋がっていることが分かりました。特に我が子はスポーツクラブにも通っていたので、より他の子たちとの違いを感じてしまっていたのかもしれません。

 

次回は、不登校を経験した他のお母さんたちに伺った内容をお伝えしたいと思います。

 

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chikako

18歳と15歳の子どもを育てているアラフォー世代。 子どもの頃より生きづらさを抱えていたため、自分はもちろん人の内面を観察することが好きで大学では心理学を学ぶ。 子どもたちは2人とも敏感体質で、幼少の頃より様々な存在を目にしていたため、体内記憶や親を選んで生まれてきた話をし始めた時も、喜んで聞き入っていた。 子どもたちはとても頑固で、自分のやりたいことや好きなこと以外のことはやろうとしないので、悪戦苦闘の末、ある程度放置することを覚える。子どもたちが自立に向かい始めた今日、自分自身の生き方を変えるため学びや旅行など人生を楽しむことに邁進中。 口癖は「子どもの人生は子どものもの!」

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