不登校

不登校児の居場所

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こんにちは!Chikakoです。

前回までは子どもが不登校になった経緯のお話でした。

子どもが不登校になってから私が気にかけていたこと、それは「子どもの居場所作り」と「学校に行かない子どもは悪いことをしている訳ではない」ということを伝えることでした。

今回は、その時の子どもの居場所のお話です。

 

 

やっぱり1番は<実家>


子どもの登校渋りが始まってから、子どもの居場所は実家でした。

なぜってまだ7歳だったので、1人での留守番はちょっと難しかったからです。ほんの5時間くらいの留守番でも、我が家の7歳児にとっては無理でした。

それに子どもの登校渋りが始まった時、父に何度か協力してもらっていたので父は子どもが泣き叫んで逃げ回る様子を見ていました。

その様子は父の知っている<明るく元気で活発な子ども>とはまるで違っていたので、父は父でショックを受けていたようでした。後に父が「あの時の子どもの様子は本当に異常だった」と話してくれたことがあります。

そのため、子どもが学校を休み始めた時も口を挟むことはなく…むしろ学校のことは口に出さず、買い物や料理を一緒に行うなど子どもと積極的に関わってくれたのでした。

そして子どもは週に3日は実家で過ごし、父と料理をしたり母と買い物に行ったり、父の友人たちとスポーツで汗を流したり、それはそれは楽しい日々を過ごすことになるのでした。

適応指導教室や地域のスポーツクラブへも実家から通うことになり、本当に毎日のように出入りしていた私たち。この時の私たち親子は心身ともに両親に助けられたので、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。実家の両親の助けがなかったら、我が家の子どもたちはここまで健やかに育ってはいないと思います。

 

 

不登校児の集まり<適応指導教室>


子どもの登校渋りが始まった時、始めはスクールカウンセラーに相談をしました。けれども、こちらの切羽詰まった状況に積極的な支援をしてくれる訳ではなく、またスクールカウンセラーは月に1度のみの相談だったのですぐにやめてしまいました。

代わりに夏休みに入ってすぐに相談したのが適応指導教室でした。ここは教育委員会の組織で、子どもが見学や相談に行くだけでも出席扱いとなり、学校に行けない市内の小中学生のためにカリキュラムが用意されていました。ほとんどが自由時間ですが、学習やスポーツやガーデニングの時間もあって、子どもの居場所を探していた私にはとても魅力的に見えたのです。まずはここに私だけが相談に通っていましたが、子どもも2年生になる直前に通い始めました。

最初は相談という名の遊びから。そしてそのうち<相談の時間>ではなく、他の子どもたちと一緒に行う<カリキュラムの中のスポーツの時間>に参加し始めました。これが確か3年生くらいだったと思います。

この時間は小学生から中学生までの子どもたちが参加するのですが、どんなスポーツも上達が早かったため、学校に行けずに自信を失っていた子どもの自信を取り戻すきっかけの一つになりました。

 

 

学校の友達も不登校児もいない<地域のスポーツクラブ>


そして何よりも一番子どもが子供らしくいられた場所は、隣の市にあったスポーツクラブでした。偶然にも同じ園に通っていたクラスメイトが通い始めたので、子どもも通うことになりました。それが1年生の終わりの頃です。

このクラブのHPを秋頃から見ていた私は、勝利至上主義に警鐘を鳴らす指導者と、「低学年のうちは遊びながら体の使い方を学ぶ」方針に好感を抱いていました。学校の先生とも適応指導教室のベテラン指導者とも違い、年齢が若く一緒になって走り回ってくれる「お兄ちゃん」のようなコーチと同じ学年の子どもたち。

ここでの活動は本当に子どもに自信を取り戻してくれました。学校は違うのに、週に何度も一緒にスポーツを楽しみ、休日も自宅や友達の家で一緒に遊んでいました。5年間毎日のように通っていたので送迎は大変でしたが、コーチや友達やママ友たちとの交流は、私たち親子にとってかけがえのないものになりました。本当にこのクラブの関係者の方々には感謝しかありません。

 

これら3つの居場所があったからこそ、私たち親子は自分自身を保つことができたのだと思います。

私はそれぞれの場所で、不登校を隠すことはせず子どもの話を分かち合い、子どももそれそれの場所で社会性を学びました。勉強はほとんどしませんでしたが、生活に必要な知識や技術、そして年齢も性別も様々な人たちとのコミュニケーションスキルを学んだのです。

 

 

不登校の子どもたちの居場所について


隣の市にはフリースクールもありましたが、そこは小学2年生を受け入れてはくれませんでした。たぶん電車で30分~1時間かければ、通えるフリースクールもあったかもしれませんが、自営とは言え仕事をしている身としてはあまり現実的ではありませんでした。

不登校は高学年から増えてくるそうなので、低学年から通える場所の選択肢はありませんでした。私の周りには、不登校を選択する家庭や登校渋りを経験している家庭もあったので、居場所の相談をすることもありましたが、低学年のうちはやはり自宅か実家という家庭が多くありました。けれども同年代の子どもとのコミュニケーションは大切だと思うので、継続して通える場所というのは本当に大事だと思います。親の働き方や在り方、施設の有無など自治体によりますが、学校以外に子どもが安心して通える場所は一つでも二つでも多くあった方が良いように思います。

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chikako

18歳と15歳の子どもを育てているアラフォー世代。 子どもの頃より生きづらさを抱えていたため、自分はもちろん人の内面を観察することが好きで大学では心理学を学ぶ。 子どもたちは2人とも敏感体質で、幼少の頃より様々な存在を目にしていたため、体内記憶や親を選んで生まれてきた話をし始めた時も、喜んで聞き入っていた。 子どもたちはとても頑固で、自分のやりたいことや好きなこと以外のことはやろうとしないので、悪戦苦闘の末、ある程度放置することを覚える。子どもたちが自立に向かい始めた今日、自分自身の生き方を変えるため学びや旅行など人生を楽しむことに邁進中。 口癖は「子どもの人生は子どものもの!」

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